在宅ホスピス:誰が世話するんですか?

山崎章郎という人は、

病院で死ぬということ (文春文庫)

で本が売れて有名になった。私も買って読んだ。その頃、彼は私の実家のそばの市民病院で勤務医をしていた。

病院の濃厚治療が患者のためになっていないことや、自宅で死ぬ方がより幸せであるというようなことを述べる本で、なるほどと思ったものだ。

「在宅ホスピス」という仕組み (新潮選書)

しかし、近著を読むにつけて、どうもおかしいと思うようになった。彼の考える終の棲家には介護施設がない。

  1. 自宅
  2. 病院
  3. 介護施設

1と2だけで、3が考慮されていないのである。

核家族化が進行し、単身世帯が増えている状況で、自宅で末期患者が生活することは困難である。家庭でヘルパーを使うくらいなら、施設に集約して世話をするほうがよほど費用がかからない。

山崎章郎氏は、「自宅の方が患者は安心できて幸せに暮らせる」と述べるのだが、その費用は誰が払うのか?

社会費用の限界があるため、在宅ホスピスを全国民規模に拡大することは不可能だろう。