細野不二彦「あどりぶシネ倶楽部」に流れる時代の空気

 細野不二彦といえば、「さすがの猿飛」「GuGuガンモ」「ギャラリーフェイク」など、数々のヒット作を持つ人気漫画家である。

連載長編漫画が多い細野漫画の中で、一作だけを人に勧めるなら、これだ。

20年ぶりくらいにKindleで読み直して、あらためて感動した。

あどりぶシネ倶楽部 (ビッグコミックス)

あどりぶシネ倶楽部 (ビッグコミックス)

 

大学の映画サークルにおける青春物語である。

映画制作に関する細野のマニアックな知識が遺憾なく詰め込まれ、かつ、大学生の人生設計、恋愛、大資本映画会社との関連など、様々な要素が入っている。わずか単行本一冊に、これだけ濃い要素を詰め込んだ本作品は非常に贅沢である。引き伸ばして書けば、単行本10冊ぐらいになる。

大学は、中高と違って、浪人や留年によって、同級生でも年齢が異なっていたり、卒業で退場したり、留年したりするなど、出入りが自由であり、かつ、労働する義務を負わないので、自由な話が作れる。就職後だと、生活のために働かねばならないので、多人数が集まって、好きなように趣味を追求したりできないのである。

映画鑑賞ではなくて映画制作をテーマにしたことも非常に良い。人は、他人の業績の批評ばかりやっていると精神が腐ってしまう。自分で作ってみて、あらためて面白さがわかるということがある。

しかし、2020年代になって、「あどりぶシネ倶楽部」を再読して感じたことは、作品の時代性だ。手垢のついた言葉で言えば、バブリーな気分である。

1980年代、日本がまだまだ経済成長の余地があると思われていた時代だからこそ、こういうモラトリアムが許されたのだ。映画制作で食えるんじゃないかと希望を持つことができた。

大学2年生から始める就職活動だとか、時間と体力を消耗する長時間バイトだとか、莫大な奨学金を返済することの重圧だとか、そんなことを考えずに、好きなことで遊んでいられる微温的な空間が、1980年代の首都圏私大には、まだあったのだ。

私は80年代後半のバブルに浮かれて、アカデミックコースを選んで、道の険しさに気づいて、途中で引き換えした半端者である。